02.盲信国家
赤、白、オレンジ、緑、黄色、水色、黄緑、紫・・・。
視界に入るもの全てが、各々の色を主張していた。
その主張から目を逸らそうとするも、見渡す限り、アスセナの心を落ち着かせる色は無かった。
アスセナは仕方なく、正面に座る王に視線を戻した。自分とは違い、黒い肌の王だった。
南方の国には黒い肌の人間だけが暮らしていると聞いたことはあったが、実際に見るのは生まれて初めてだった。
王の肌とは対照的に、王が身に纏っている衣服は真っ白で、暫く見つめていると、眼の中で小さな光が飛び交った。
王以外の者は、白地に何かしらの刺繍が施されている衣服を身に着けていた。給仕の人間は幾つもの色で彩られており、位が高いものほど衣服の白い面積が増えるようだった。
王は衣服と身分との関係について考えるアスセナを無視し、只管、アスセナの隣に座るユニキドに向かって喋っている。ユニキドは横柄なことに、王の話しに返事もせず、王と自身の間に置かれたテーブルの上に並ぶ果物を遠慮会釈なく食べている。
アスセナも何か食べようと思ったが、彼女が暮らしてきた土地の食べ物は無く、見知らぬ果物の見た目が、口に入れることへの抵抗感を余計に生んでいた。
「あまり長居をするつもりはない」
ユニキドの声に、アスセナは顔をあげた。
「何ということを!」
王が驚きの声をあげた。
「我としては神の使いである貴方様に、永くこの国を守護していただきたいというのに!」
「王よ、残念だが、俺は一ヵ所の土地に留まることで、その土地を守れる程の力はまだ無いのだ」
ユニキドが大袈裟に頭を左右に振った。
「このようなもてなしを受けておきながら、恩を返せない未熟な俺を笑ってくれ」
「笑うだなんてとんでもない!我が好きにやっていること。お気になされる必要はない」
ユニキドの嘘を信じる王の慌てぶりに、アスセナは内心肝を冷やした。
「この国を訪れて下さったことだけでも感謝せねばならぬのに、末永く居て欲しいなど、我が儘を申した我が悪いのだ」
頭を下げる王の姿に、アスセナは今直ぐに気絶出来たらどんなに気楽かと思った。
「貴方様と、そちらの・・・」
この時になってようやく王はアスセナに目を向けた。
だが、王はユニキドに気を向ける余り、ユニキドの名は訊いても、彼女には今まで名を訊かなかったため、言葉に詰まってしまった。
「こいつは、俺の身の回りの世話や儀式の進行を行う召使いだ」
アスセナはいっそのこと、ユニキドの脚を蹴りつけようかと思ったが、後で何をされるかわかったものではない。表情に出さないよう、腹の中の怒りを抑える。
「そのような方を召し抱えられておられながら、まだまだ能力不足であると仰る。何と謙虚な」
感激に身を震わせる王。
「王よ、それは買い被りだ」
堂々と嘘を並び立てるユニキド。
アスセナは二人のやり取りに加え、南国特有の酷暑に段々具合が悪くなってきた。湿気を帯びた空気が身体の中に蓄積され、重くなっていく。
「しかし、一国を治める我としては、このまま貴方様に食事だけを差し上げてこの国を去られたとあっては、我の恥になる。何かお望みのものがあれば、それを差し上げたいのだが、いかがであろう?」
「俺も、ただもてなしを受けただけでこの国を離れれば、未熟者の振る舞いをしたことになる。俺の今の力で出来るものとして、この国の繁栄を祈る儀式を行いたい」
ユニキドの提案に、王は歓声を―アスセナの耳には奇声に聞こえた―をあげた。
「儀式を行ってくれるとは嬉しい限り。我に用意できるものなら是非用意させてくれ。何を用意すれば儀式を行えるのかね?」
ユニキドは微笑み、簡潔に答えた。
「百人の処女」
ユニキドとアスセナが村を離れてから数ヶ月が経とうとしていた。
ユニキドは三日ほどは歩き難そうだったが、直ぐにアスセナの助けが無くとも一人で歩けるようになった。
アスセナはユニキドの後ろを付き従うように、目的地を訊くことも無く、歩き続けた。
道中、街に辿り着けなかったために野宿することはあったが、夜盗や獣に襲われることも無く、また街に入れば宿や食事に苦労しない程度の財貨を、ユニキドは持っていた。
ユニキドが洞窟で暮らしていた頃も、アスセナに町から処女を連れてくるように命じた際、アスセナが今まで目にしたこともないような量の財貨を、平然と彼女に与えた。
ある宿に泊まった時、アスセナは一体どこからこれ程の財貨を手に入れたのかと訊ねたことがあったが、ユニキドは「その内にわかる」としか答えなかった。
やがて二人が南方の国に着くと、警備兵がユニキドの姿を見て神の使いと勘違いし、二人は、王の元に恭しく案内されたのだった。
王がユニキドをもてなす宴は夜遅くまで続いた。
アスセナは疲れていることを理由に宴を中座したが、王もユニキドもアスセナを気に留める様子は一切無かった。
召使いに案内されて貴賓客用の部屋に入ると、部屋の四隅に置かれている燭台には既に火が灯されていた。
その部屋は、彼女が村で暮らしていた家の全ての部屋をつなぎ合わせたものよりも広く、一つ一つの家具は触れる者を選ぶような豪奢さを見せつけている。部屋の仕切り壁や窓は一体どれ程の財貨が注ぎ込まれたのかと思わせる程、細かな透かし彫りが施されていた。
召使いはアスセナに、この部屋の左右につながる部屋は寝室であること、それぞれの部屋の奥には浴場があることを伝え、退室した。
身体の埃を洗い落としたアスセナが、二つの寝室の間にある部屋の長椅子に腰掛けていると、ユニキドが部屋に入って来た。
「まだ起きてたのか?」
離れてはいたが、ユニキドの身体から発せられる酒の臭いがはっきりと嗅ぎ取れる。
「もう寝るところよ」
ユニキドは戸口に身体を寄りかからせ、鼻を鳴らした。
「まあ、三日後にはまともに睡眠もとれなくなるだろうから覚悟しておけよ」
「三日後?」
訝しむアスセナに、ユニキドは呆れた顔を見せた。
「おいおい、何も聞いていないのか?三日後には、王の布令で集められた百人の処女が此処に来るんだよ。お前には、処女たちに髪飾りをつける役と、俺の部屋への案内をやってもらうからな」
いつの間にそこまで話を進めていたのか。
「これでも譲歩してやったんだぜ?儀式の手順として、俗世の穢れを落とすための入浴や着替えの作業を、慣れない人間にやらせるのは酷だからな」
と、ユニキドは感謝を強要する。
「たったの三日で、百人も集められるのかしら?」
アスセナが疑問を呈すると、戸口に寄りかかっていたユニキドは身体を離し、アスセナが座る長椅子に腰を下ろした。
「アスセナ。お前がいた土地では百人の処女を三日の間に集めるなんて、無謀だと思うだろうな。だがな、この国じゃ、王の命令は絶対だ。ましてや王が頭を下げる程の存在からの要望とあれば、何が何でも叶えてやらなきゃならない」
ニヤニヤと笑うユニキドに、アスセナは黙って顔をしかめた。
「ま、どっかの誰かさんみたいに“ハズレ”を連れてくることはないだろうよ」
ユニキドは嫌味をその場に捨て置き、上機嫌に奥の寝室へと入って行った。
翌早朝、熱帯夜のために寝苦しさであまり眠れなかったアスセナが服を着替え、寝室の扉を開けると、昨日アスセナを案内した召使いが見計らったように部屋に入って来た。
「お喜び下さいませ。一人目の処女をお連れしました」
見れば、召使いの後ろにはまだ幼さを顔立ちに残した少女が立っている。
「昨日の話では、三日後に始める予定だったのでは?」
アスセナが驚いて訊ねると、召使いは誇らしげに、
「こちらの方は王家に長く仕える一族の娘でございます。ユニキド様が生娘を望まれたとお聞きし、今朝早くに父娘ともどもお見えになったのでございます」
と、説明した。
呆然とするアスセナに対し、二人は己の仕事の早さを褒められることを待ち構えている。
アスセナは、
「本人が、あの、何と言うか」
と、後ろに下がりながら誤魔化し、ユニキドの寝室にノックもせずに入った。
部屋のつくりはアスセナの部屋と変わらないようだった。
ユニキドは既に目覚めており、ベッドに腹這いになって寝そべりながら、果肉の多い果物を手掴みで食べていた。朝の日の光が、衣服を身に着けていないユニキドの白い背中に当たっている。
「ユニキド」
アスセナの呼びかけに対し、ユニキドの返事は視線の動きだけだった。
「一人目の、その、処女が来ているの」
ユニキドがゆっくりと身体を起こした。唇の端から果汁が顎を伝って落ち、ベッドに染みを作った。
「召使いが花を持ってきただろう?それを処女の髪に挿して、この部屋へ連れてくればいい」
「でも、三日後に始めるって・・・」
「それ程、民がこの国を想う気持ちがあるって証だろ」
尚も渋るアスセナに、
「儀式は早いに越したことはない」
苛々と手を振り、彼女を部屋から追い出した。
アスセナが部屋を出ると、二人は従順なまでにその場から動かずに立っていた。
召使いの手には花が一本、その大きな花弁の頭を下げている。
アスセナが召使いに近付くと、召使いは察したように花を差し出した。受け取ったアスセナの手に、花弁の重さが伝わる。
アスセナがその花を少女の長い髪に挿してやると、少女ははにかむように微笑んだ。
ユニキドが待つ部屋の扉を開けてやると、少女は戸口で一度立ち止まり、身を屈めた。後で知ったが、それは王族よりも格が上の者、つまり神に対する辞儀だという。
部屋の扉を閉めたアスセナが小さく息を吐いて、後ろを振り向くと、いつの間にか見知らぬ若い女が立っている。
「二人目の処女です」
召使いがそう言った。
処女たちは次から次へとやって来ては、皆、誇らしげに去って行った。人数を数えることは、儀式が始まってから二回目の夕日を見た時から止めた。
時折、ユニキドが部屋から出てくることがあったが、ろくに休みもせずに何人もの人間を相手にしてきたとは思えない程、元気そうだった。
少しは休んではどうかとアスセナが言っても―アスセナ自身、次の処女が待ち構えているのに、自分だけ休むわけにはいかなかった―ユニキドはそれを鼻で笑い、
「そんなことをせずとも、身体の中身が違うから平気だ」
とあしらった。ユニキドにとっては人間の食事の他に、処女の身体から発せられる精気が必要なのだが、性交することで最も腹を満たせられるのだという。
処女たちはユニキドのその底知れぬ体力にやたらと感激し、体液を飲み込むことで何かしらの力を得られたと喜ぶ者もいた。
村にいた頃、街から連れてきた者たちは、アスセナが見せた財貨のために、その身をユニキドの前に晒した。対価が目に見える分、アスセナには彼女たちの気持ちが理解出来た。しかし、ユニキドに心酔するこの国の人々の気持ちは理解できなかった。
神は人前に現れないと教え込まれたアスセナの中では、ユニキドは人間や動植物と違うが、かと言って神ではないという位置づけに置いているからなのかもしれない。
アスセナは、物音一つ聞こえない扉の向こうを見つめながら、ぼんやりと考えていた。
睡魔との戦いに敗れてうたた寝をしていると、何処かで名を呼ばれたような気がした。
顔をあげると、国王が立っている。侍女も兵士も連れず、一人で此処へ来たようだ。
慌てて立ち上がったアスセナを、王は、
「お疲れのようですな」
と、笑った。
「も、申し訳ありません。大切な儀式の最中に眠るなんて」
口から無意識に滑り出た、心にない言葉にアスセナの顔は更に真っ赤になった。
アスセナの嘘を文字通りに受け取った国王は、
「気になさるな。若い男でも、何日も眠らずに過ごすことは難しいもの」
と、彼女を労わった。
「我が国の永き繁栄を願う儀式、間もなく百人目の処女が到着しますゆえ、いま少しの辛抱ですぞ」
王はそう言って笑いながら部屋を出て行った。
「ようやく、終わるのか」
背後の声に振り返ると、ユニキドが立っていた。
「終わることがご不満?」
アスセナが皮肉っぽく訊ねると、
「今のうちに精力を蓄えておかないと、当分はお前のしなびた身体で我慢しなきゃならないからな」
と、反撃された。
西の果てに太陽がその身を沈めた頃。
「百人目の処女を連れて参りました」
召使いの言葉にアスセナは何も応えられなかった。
儀式のための花を百人目の処女に手渡すと、召使いは二人を残し、部屋を出て行った。
百人目の処女は花を胸の前に掲げ、きょろきょろと部屋の中を見回している。
「あなた、何処から来たの?」
名前よりもアスセナはその生まれを知りたかった。
「モシリ島」
頭部が小さいゆえに大きく見える黒い瞳が、アスセナの目に向けられた。
「モシリ島は、此処から遠いところなの?」
「そう、舟に乗って行くの。でも馬車には初めて乗ったの」
「そうなの」
アスセナは引きつった笑みを浮かべて処女に背を向けるなり、ユニキドがいる部屋へ飛び込んだ。
たまたま奥の浴場から出てきたユニキドは、アスセナとぶつかりそうになった。
「ユニキド!私を抱いて!」
アスセナの真剣さに、ユニキドは一瞬、虚をつかれたようだったが、直ぐに大笑いした。
「いきなりどうしたんだ?気でも狂ったのか?」
尚も笑い続けるユニキドに、アスセナは、
「私は本気で言っているの!」
と、激怒した。
「ああ、わかった。目の前で他の女が抱かれまくっているのを見て、妬いてるのか」
ユニキドのからかいに、アスセナは叫ぶように怒鳴った。
「百人目の処女が、今までの処女よりも幼い子供だったの!」
アスセナの気迫に圧されたのか、ユニキドは笑うことを止め、百人目の処女が待つ部屋に入った。
処女―というよりも幼女―は、手元の花をくるくると回していたが、ユニキドの姿を見ると、花を回すことを止めた。口を開け、ユニキドの額の角を凝視している。
「ふうん」
ユニキドは幼女に近寄り、じろじろと見下ろした。
「・・・・・・」
ユニキドに見下ろされ、幼女は不安そうに、アスセナとユニキドを交互に見つめた。
「ま、耐えられるだろ」
アスセナが、ユニキドの口から発せられたその言葉の意味を理解した頃には、部屋の扉が閉まりかけていた。
「待って!あなた、本当にあの子とするつもりなの?」
アスセナが閉まりかけていた扉に手をかけると、ユニキドはうるさそうに振り返った。
「それがどうした?」
「あの子はまだ小さいのよ?今までの処女とは違うの!あんな小さい身体で交わろうものなら、大怪我するに決まってる!それなら私を」
ユニキドがアスセナの頭に手を置いたために、アスセナの抗議は中断された。
「アスセナ」
ユニキドは重苦しい溜息を吐いた。
「お前は」
ユニキドの手に、徐々に力が込められる。
「いつから、この国の人間になったんだ?」
ユニキドの言葉が、アスセナの頭の中を真っ白にさせた。
「この国の人間は、俺が百人の処女と交わることで栄えると信じている。百人目に交わった処女が、この国で生まれ育っていない人間だと知れば、どんなにがっかりするか。それを理解した上で言っているのか?」
真っ白になったアスセナの頭の中に、ユニキドの言葉が一つ一つ、黒い染みを作っていく。
「もしかしたら、儀式に失敗した罰を、あの小娘が受けるかもなあ」
目の前の唇が歪に笑っている。アスセナの身体は強張り、それ以上は顔を上げられなかった。
ユニキドの手が離れた拍子に、アスセナは後ろへ数歩、よろめいた。
扉がゆっくりと閉ざされていく。
両足は床に張り付いているのに対し、胴体を支える両脚は、心臓の鼓動と連動しているかのように震えた。
扉が完全にしまった音が大きく響いた。
アスセナはその音を合図に、その場から駆け出し、ベッドの中に潜り込んだ。
掛布を頭から被り、胎児のように身体を丸めた。
それでも何かが音を立てている。一体何の音かと思えば、己の口から流れる意味不明な声だった。
アスセナは枕に顔を埋め、ひたすら叫んだ。
真っ暗で息苦しかった。
自分が何故こんなところにいるのか、わからなかった。
アスセナは此処から逃れようと身体を動かそうとした。
途端に足元がずるりと抜け落ちた。
叫ぼうとした瞬間、アスセナは掛布にがんじがらめにされながら、冷たい床の上で寝転んでいる己に気付いた。
いつの間にか夜は明けており、鳥の鳴き声が辺りに満ちている。
アスセナはしばし無心になっていたが、昨晩の出来事を思い出すと、髪の乱れも気にせずに部屋を飛び出した。
ユニキドと、あの幼女が入って行った部屋の扉は、僅かに開いていた。しかし日除けの戸を下ろしているため、扉の奥は真っ暗だった。
「ユニキド?」
アスセナは小声で訊ねたが、返事は無かった。
そっと扉を押すと、部屋の中を朝日の光が侵食していく一方、香炉から漂い出る煙が行く手を阻む。
アスセナは一歩、部屋の中に踏み込み、再びユニキドの名を呼んだ。
ベッドの上に塊らしきものがあった。
アスセナが恐る恐る近寄ると、塊は声を発した。
「わたし、泣かなかったよ。偉い?」
やや掠れた声だった。
アスセナは何と応えてやるべきか迷ったために、微笑みとも、苦痛に耐えているとも言えるような表情になってしまった。
アスセナがベッドの端に座ると、幼女がアスセナに近付いてきたた。
「これは儀式だから、皆は泣かないって。泣かない人が偉いんだって言われたの」
アスセナはそっと、その小さな身体を両腕で包み込んだ。
腕の中の幼女はアスセナの服にしがみつきながら、
「ねえ、偉い?偉い?」
と、アスセナの返答を何度も何度も求めた。
部屋を出たアスセナと幼女は連れ立って、中庭を囲む回廊を歩いていた。
幼女は家へ帰れる喜びなのか、でたらめなメロディを口ずさみ、アスセナと繋いだ腕を時折大きく揺らしている。アスセナも、幼女の腕の動きに合わせて腕を動かしてやる。
ユニキドは国王の元に行ったのだろう、暫く部屋で待ってはみたものの、戻ってくる気配は無かった。
「あっ!」
回廊の奥の角から、召使いに連れられた二人組の姿が現れると、幼女は急に手を離し、走り出した。
アスセナの手が宙に浮いた。
幼女は二人組の内の一人に飛び込んで行った。
顔は遠くて見えないが、幼女の家族なのだろう。幼女の甲高い笑い声が回廊に木霊した。
儀式が終わったことを知らされた国王は、二人に金貨が入った袋を差し出した。
ユニキドはそれを受け取りながら、何か応えていたようだったが、アスセナの耳には何も入らなかった。だが、ユニキドが何故あれ程の財貨を持っていたのか、その理由は判った気がした。
少し離れて前を歩くユニキドの背中を見ながら、アスセナは木々に囲まれた山道を登っていた。
「次はどこへ行くの?」
アスセナの問いに、ユニキドは振り返ることなく、
「さあ?」
としか言わなかった。
夕暮れ時だが、山道はまだ上へと続いており、人家に行き着きそうにもなかった。
今晩は野宿になるのかと考えていると、前を行くユニキドの姿が道の向こうに消えた。
アスセナが足を速めて登ると、木立が途切れ、左手から眩しいオレンジ色の光に照らされた。
見れば、崖下には海が広がっており、小さな舟の影が一艘、波間に揺られている。
アスセナがその光景を眺めていると、ふいに肩を掴まれた。
驚いて目を向けると、ユニキドが眉間に皺を寄せ、
「泣いているのか?」
と、訊ねた。
アスセナが目元に指先を当てると、涙が溢れ出た。何故泣いているのか、自分でも解からなかった。
「怪我したわけじゃないの」
アスセナは手の甲で頬を拭いながら、
「潮風が目にしみるのよ」
と、誤魔化した。
ユニキドはアスセナの言葉にやや訝しがった様子を見せたが、
「この道を下れば街があるから、今夜は其処に泊まるぞ」
と言って、先に山道を下り始めた。
アスセナは再び海を見遣った。先程見えた小さな船の影は、何処にも無かった。
あ と が き
異種間恋愛の話は好きなのですが、人外側が余りにも人間と同じような思考を持っていると、人間同士の話でもイイのでは?と冷めてしまいます。
同じ種族同士でも解かり合えないことはあるのだから、ましてや、種族が異なれば尚更、相互理解は難しい。
それでも、自分にも理解出来る点が見つかれば、相手との距離がちょっと縮まったように感じられる。
今回の話は距離が縮まるどころか離れている気がしないでもないですが、人間側の倫理観を人外に求めることの無謀さを描けたので、これはこれで好いかと思います。
幼女の年齢については御想像にお任せします。
最後に。
作者は好きなものが沢山あって、その中には二次ろり・しょたも含まれていますが、三次の幼少者に性的感情は抱きません。
2017年7月22日