01.人外×処女
昔、ある山奥に一頭の人外が棲みついた。
人外は山の麓にあった村に来るなり、
「俺はユニコーンの血を継いでいる。俺を大人しくさせたければ、今日中に処女を差し出せ」と、村人たちに命じた。
その人外は灰銀色の長髪を背中まで垂らし、額から白い角が一本生えており、右脚が人間のものであるのに対し、左脚は馬の蹄と、明らかに人ではない血が流れていることが一目でわかった。
村人たちは、人間よりも並外れた力を持つと言われる人外に恐れをなし、人外の命令を受け入れることを約束した。
人外が棲み家である洞窟の中で待っていると、やがて一人の女がやって来た。御丁寧にも、村人たちはその女に純潔を意味する真っ白いヴェールを被せていた。
人外が女にヴェールを外させると、人外の手の中にあったグラスが割れ、それまで人外の身体を満たしていた酒の酔いが一瞬で消え去った。
「女・・・年は幾つだ?」
人外が震えた声で訊ねると、女は身体を戦慄かせながら、
「・・・よんじゅ」
「ふざけるな!」
人外は女の顔を蹴り上げた。
「俺は処女を望んだというのに、こんな薄汚いババアを寄越すとは、村の連中はいい度胸をしている!!」
人外が足音を踏み鳴らして外へ出て行こうとすると、蹲っていた女は人外の脚に縋り付いた。
「待って下さい! 本当に私は処女なのです! 信じられないでしょうが、今まで一度も男性と通じ合ったことがないのです!」
「ああ、そうかい! どうせ修道院でカミサマへの祈りとやらを、毎日毎日狂ったようにやっていたんだろう!?」
人外が再び女の身体を蹴り上げた。
「違います、修道院に入ったことなんてありません。あの村で生まれてから、ずっと村の外に出た事が無いのです。結婚もしたこともありません」
鼻と口の端から血を流しながら、女はなおも食い下がった。
「だから何だと言うのだ?」
人外は憎々し気に女を見降ろし、言った。
「この俺が、どの人間からも相手にされないような処女で満足するとでも思ったのか!?さっさと俺の前から立ち去れ!!」
「お願いです、此処に居させて下さい! 何でもしますから!」
「何でもすると言ったな?ならば出て行け」
「それだけは勘弁して下さい、お願いします。お願いします!」
女は必死に何度も頭を下げた。
人外はしばし思案し、やがて女に命じた。
「ならば、もっと若い処女を街から連れて来い」
人外の命令に従い、女は街から若い女を連れてきた。
しかし街から連れてきた女たち全員が処女であったかというと、そうではなく、むしろ“ハズレ”が多かった。中にはその手の仕事に“慣れている”女が連れてこられることもあった。
その上、人外が若い女と事に勤しんでいる間、女は衝立の向こう側で身動きもせずに座り込み、事が終わると恨めしそうな表情で現れ、若い女たちを街へ返す様が、余計に人外を不快にさせた。
ある日、また街から女が若い女を連れて戻ってきた。
強引に連れて来たのか、若い女は始終泣き喚いていた。
人外が泣き喚く女をベッドの上に放り投げると、若い女は一層大きな声で、女の想い人らしき男の名を呼び始めた。
「五月蠅い女だ!」
人外が若い女の口を片手で塞ぎ、もう片方の手で女の下着を引き裂いた。
女は必死で抵抗するも、人外の並はずれた力の前では赤子同然だった。
人外が女のそれに触れようとしたその時、其処から男との行為を示す白液が流れ出た。
「貴様ぁっ!!」
この怒りが、若い女に向けてのものなのか、それとも処女選びに失敗ばかりしている、あの女に向けてのものなのか、人外自身定かでなかった。
人外は若い女を汚いものでも扱うかのように乱暴にベッドの上から冷たい地面に叩き落とした。
若い女は泣きじゃくりながら、ろくに衣服も拾わず、洞窟から出て行った。
若い女の姿が見えなくなると、人外は衝立の向こうに座っていた女の前に立ちはだかり、女の顔を蹴り飛ばした。
「何でも言うことに従うと言うので命じてみれば、まともに処女を連れて来れず、挙句の果ては“使用直後”の女を連れて来るとは!」
女は身を起こそうとするが、頭を打ったために左右に身体が揺れ、血や唾液が衣服の上に垂れ落ちる。
人外はその様に一層嫌悪感を募らせ、女の胸倉を片手で掴み上げ、壁に打ち付けた。
「もういい、役立たずは殺す」
人外が空いているもう片方の手で女の首を絞めようとしたその時、女の咽喉の奥から笑い声が漏れた。
「何が可笑しい・・・?」
「あれ程に処女を望んだというのに、結局は若い女を好むとは。私を殺せば、処女に跪くというユニコーンの血を継いでいても、所詮はその程度であったと証明するようなものですよ」
人外の手が女から離れる。
「どうしました?殺さないのですか?身寄りのない女が死んだところで、誰も困りませんよ」
「黙れ!」
人外は傍にあった酒瓶を女に投げつけたが、手元が狂い、女の顔から逸れ、背後の壁に当たり、砕け散った。
壁を酒の液が伝う。
「出て行け」
人外が怒りを押し殺したような声で女に命じた。
女はいくらでも挑発に乗ると言わんばかりの不敵な笑みを浮かべ、洞窟から出て行った。
数日後、酒に酔い潰れた人外は、何者かによってベッドから蹴り落とされた。
二日酔いで痛む頭を起こすと、目の前に眼孔から二本の角を生やした、見知らぬ人外が立っていた。
「誰だ、貴様?」
「『誰だ?』それはこっちの台詞だ」
人外の問いに、埃で薄汚れた硬い鱗肌を歪ませながら二本角の人外が応えた。
「此処は元々俺が暮らしていた洞窟だ。それを人の留守中に横取りしやがって」
二本角の人外が苛々と周囲を見回しながら文句を言った。
「何だこれは?くそっ!女を連れ込んだな!?」
二本角の人外が足元にあった女性下着を放り捨てる。
「俺が来た時には誰も住んでいなかったんだ。後からしゃしゃり出てくるな、くそ野郎」
酔いの勢いに任せた体で人外が罵ると、二本角の人外は振り返り、
「盗人が・・・」
と呟くなり、人外の腹を蹴った。
その頃、人外の洞窟から去った女は、ようやく己の家に辿り着こうとしていた。村の中を真っ直ぐに通ればもっと早くに着いたのだろうが、村人に姿を見られたくないという気持ちが強かったため、女はかなり遠回りをした。
家への距離が縮まるにつれ、ふと女は隣家に預けた鶏を返してもらえるだろうかと不安になった。しかしその不安以上に、家に着いたら静かに眠りたいとも思った。
女が休息への欲求を高めながら急いで歩くと、目の前に黒いものが立っていた。
「何で・・・」
女が呆然と見上げたその黒く焼け焦げた骨組みは、女が暮らしていた家があるはずの場所に物も言えずに立っていた。
その時、
「何で戻ってきたんだ?」
背後からの声に女が振り返ると、そこには鋤や鍬を手に持った村人たちが、冷たい目を女に向けながら立っていた。
抵抗しようにも酒の酔いが抜けきらない身体は思うように動かず、人外はあっという間に二本角の人外に洞窟を追い出された。
人外は、傷の痛みに顔をしかめながら歩いていたが、血を流し過ぎたのか、遂にうつ伏せに倒れ込んだ。
起き上がろうにも目眩が酷く、やがて人外は全てから逃避するかのように目を閉じた。
ふと、自分とは違う者の血の臭いに気付き、人外が目を開けると、何者かの影が見えた。
何とか身体を仰向けにすると、あの40代半ばの女が人外を見降ろしていた。
「負け犬の姿を見に来たか」
「いいえ」
「俺はあの洞窟を追い出されたのだ。村へ帰れ」
「帰りません。ずっと傍に居させて下さい」
「貴様のような醜い人間など、目にしたくもない」
「御望みとあらば、顔を隠します」
「顔を隠したところで、貴様の醜さが変わるわけではない。早く村へ帰れ」
「帰りません。ずっと傍に居させて下さい」
苦痛からの怒りと押し問答への不快さと相俟って、なかなか帰ろうとしない女に人外は、
「貴様と負け犬同士、傷の舐め合いをしてまで生き延びたいとは思わぬ!」
と怒鳴ったが、女は人外の言葉に顔色を変えず、
「私は傷の舐め合いをしてでも生き延びたいのです」
と言った。
人外は両手で目を覆った。
「くそっ、くそっ・・・」
女は黙って、罵倒の言葉を吐き散らす人外を見降ろしている。
「・・・・・・女、俺を起こせ」
人外が命じると、女は人外の身体を丁寧に起こした。
「立たせろ」
人外の身体は人間の成人男性よりも重かったが、それでも女は人外の腕を己の肩に回すと、傷だらけの細い両足で踏ん張りながら、人外を立たせた。
「歩け」
女が人外の身体を支えながら、歩き始めた。
「くそ・・・」
人外の口から再び罵倒の言葉が漏れたが、女は何も聞こえない素振りで人外の重い身体を支えながら歩いている。
人外が女の顔を伺うと、内出血のために青黒く変色してしまった皮膚の奥で、真っ直ぐ前を向く目があった。
冬を告げる風が、一頭と一人の身体の横を通り過ぎて行った。
あ と が き
2014年11月3日にpixivにて投稿したものです。
異種間恋愛というと人外と少年少女(または若い男女)のカップルが主流なので、もう少し年配の人間との組み合わせの話を読みたいなあ。
ユニコーンは処女の前では大人しくなるらしいけれど、若い処女でなければいけないの?
そんな願望と疑問から生まれました。
シリーズ化するかどうかは未定ですが、いずれは今回の話を漫画化したいと考えております。
お読みいただき、ありがとうございました。
2016年3月12日