04. CONFESSIONS OF A FLESH-EATER

 「3回だ」
 力が抜けてしまったかのように背もたれに寄りかかる全裸の女を睨みながら、中年の男は言った。
「7時、9時、10時」
 男が忌々しげに呟く。
「あのクソビッチどもと我々の組織との関係性についてのニュースが、GCNで3回流れた」
「・・・・・・・・・・・・」
「お優しいことに、あのポリ公どもは、クソビッチどもを殺害した犯人はビデオに映っていた奴で、我々の組織とはあくまでも麻薬取引の関係しかなかったと発表している」
「・・・・・・・・・・・・」
「別に取引がおじゃんにされたから、お前を連れてきたわけじゃない」
 男は冷めた料理の並ぶテーブルの上に、太った身を乗り出した。
「俺はな、あの馬鹿どもに持たせた金が戻れば、何もしやしねぇよ。女に殺されるような奴なんざ、さっさとくたばればいいんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「金をどこにやった?」
「消費は世界を救う」
 男はおもむろに顔をあげた女が答えた低い声に、一瞬呆気にとられていたようだが、その意味するところを理解するや、見る見る怒りに顔を赤らめた。
「使っただと!?幾らあったと思ってるんだ!貴様のその空いた目の穴の代わりに、あの糞ガキどもの×××でも入れてやろうか!?」
「まあ、素敵」
 女は左目の無い顔に、猥らな笑みを浮かべた。
 すると男は女の頭を掴むや否や、彼女の顔をスパゲッティが盛られた皿に押し当てた。
「このクソッタレの女が!人を馬鹿にしやがって!!」
 男の罵り声が店内に響き渡る。
 男が女の髪の毛を掴む手を放すと、女はゆっくりと顔をあげ、「不味」と呟くなり、床に唾を吐いた。
「ふざけやがって・・・。あんな大金を・・・」
 男は怒りに我を忘れたのか、尚も怒りの言葉を吐き散らしている。
 女はそんな男を気に掛ける素振りも見せず、白いテーブルクロスで顔の“汚れ”を拭き取った。
「おい」
 中年男がホールの隅のテーブルに座る若い男に呼びかけると、その若い男はそれまで吸っていた煙草を灰皿に置くなり、立ち上がった。
 今度は若い男に髪を掴まれ、女は叫ぶが、若い男はそれに構うことなく、彼女を硬い床に張り倒した。
 起き上がろうとする女を、若い男は無情にも女の腹部を蹴り上げた。
 くぐもった声を漏らす女に、更に男の足の爪先が攻撃する。
「ふざけがって・・・、くそっ、冷めちまいやがった」
 中年男は女の所為で台無しになった料理をもう一度調理人に作らせ直そうと、調理場へと続くドアの方を振り向き、調理人を大声で呼んだが、調理人は何も応えなかった。
「おい!居ないのか!?」
 男が怒鳴った。
「女の子って便利よねえ」
 後ろからの女の声と突然の激痛に、男は混乱した状態で振り返った。
 見ると、テーブルの上に置かれた男の右手には、折り畳みナイフが肉にめり込む様に刺されていた。
 男の呻き声の間に、女の声が挟まれる。
「だって、穴が二つあるんですもの」
 男の視界の隅に、血溜まりの床の上に転がる、若い男の姿があった。

 調理人は不満だった。
 昨今の嫌煙ブームにより、調理場での喫煙を禁止する条例が施行されたからだ。お陰で彼は外で吸わねばならなくなった。
 あまり警察と仲が良くない調理人は、彼らに睨まれるような行動は避けなければならず、苛立たしげに裏口のドアに寄り掛かりながら、紫煙を吐き出した。
 遠くで救急車のサイレンが鳴るも、音は遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
 調理人はため息を吐くように、また煙を吐き出した。
 すると、誰も居ない筈の調理場にある換気扇のファンが動き始めた。
 彼は顔をしかめた。
 己の仕事場であり、テリトリーでもある調理場に、無断で入られることほど不愉快な事は無いからだ。
 調理人は煙草の苦みが残る口中で罵りの言葉を吐き、足元に散らばる吸い殻の屑を靴底で踏みつけた。
 男がドアを開けると、調理場には人が居た。だが彼が予想していた人物ではなかった。
 女は調理人がドアを開けた事により変化した換気扇の音に気付き、振り返った。
 そして、一糸纏わぬ彼女は両腕を広げて叫んだ。
「おお、我が服よ!」

 「此処は本当にレストランなの?ソイ・ソースが無いなんて、とても調理人の頭とは思えないわ」
 女は文句を言いながら、ホールへと続くドアを開けた。両手にはそれぞれ料理が載せられた大皿を持ち、体には所々赤く汚れた、上下の調理服を纏って。
 ホールの床には、先程彼女を殴打した男の体が横たわっており、傍には椅子の背もたれに両腕を縛り付けられたボスが、大量の汗をかきながら座っていた。
「人がシャワーを浴びている時に押し込んでくる。夕食前なのにお腹を蹴り飛ばして、余計に腹を空かせる。全く、貴方は部下に対してちゃんと教育しているの?」
 男は震えるだけで何も答えなかった。
「さあ、遅くなったけれど、夕食にしましょう」
 女はにこやかにそう言って、両手に持っていた大皿をテーブルの上に並べた。奇妙な臭いが辺りに漂った。
「貴方の料理の名前は『カニバリストの告白』。調理人と美食家の肥えた舌を、無名の男の胃に詰め合わせて、オーブンで焼き上げてみたの。二人の美食に肥えた舌を、あえて食通でない男が食べてしまうの。本当の暴食者は調理人でも美食家でもない、ただの男だった、というわけ。その方が調理人と美食家が“共食い”するよりも、ずっと素敵だし、面白いでしょう?安心して。胃液や胃膜はちゃんと洗っておいたから」
 女も席についた。
「私はサーモンの刺身。此処に紫蘇の葉とソイ・ソースがあれば最高なんだけれど、こんなレストランを詐称するようなお店には無いでしょうね」
 いただきまーす、と嬉しそうな表情を浮かべる女は、フォークをサーモンの刺身に突き刺し、開かれた口の中に入れ、咀嚼した。
「さあ、貴方も一口食べてご覧なさいよ。舌が無いからと言って嘆くことはないわ。貴方の口や歯、咽喉、胃が、舌の代わりに味わってくれるから」
 女は、口元から血や唾液が入り混じったものを垂らす男に話しかけながら、フォークとナイフで“肉料理”を切り分けた。
「はい、あーんして」
 女は恍惚とした笑みを浮かべながら、男の口元に、肉塊を刺したフォークを近付けた。

2014年12月7日