あるサロンで語られた体験談 序
これから貴方にお話することは、私が実際に体験した事についてである。
私は若い頃大学に通っており、勉学に勤しむ身であったが、経済上勉学にのみ集中することは許されなかった。
その為、講義のない木曜日は一日中腐臭の入り混じった、濁った水面上をゴミや溝鼠、野良犬の死体が浮き沈みする-たまに人間の場合もある-川のそばにある魚市場で、一介の労働者となって働いた。
翌日の講義ではなるべく教室の後方に座った。魚市場の臭いは一晩でとれるほど軽いものではないからだ。
ある年、大学が長期-と言っても十日間だけであったが-の休みに入った。
私はその内の一週間を使って、いつものように魚市場での荷積みの仕事ではなく、職業斡旋所で紹介された住み込みの給仕の仕事を引き受けることにした。
給料は高額ではなかったものの、仕事先である依頼人の住んでいる屋敷は郊外に在り、私は旅行に行くような気分を持ちながら出発した。
2007年10月31日