01. THE RAINY NIGHT

PM 10:57

 暗色の自動車が一台、豪雨の中を駆け抜けている。
 ラジオからは豪雨注意報が発表されたことを告げる、無表情なニュースキャスターの声が流れている。
 助手席に座る男の吐き出す煙草の煙が車内に息苦しさを与え、視界を曇らせている。運転する男は苛立たしげに、時折片手を左右に振って道の向こうを見ようとしている。
 やがて車はそれまでのスピードを緩め出した。助手席に座る男が、訝しげに視線だけを隣の男に向けた。
「マズイぞ。検問かもしれない」
 運転席の男が険しい表情で前方を見据えながら呟いた。
 レースカーテンを重ね合わせたような雨の向こうに、オレンジ色の丸い光が見える。
「チッ」
 助手席の男が煙草の火をダッシュボードに押し付けて消そうとしたが、運転していた男はそれを止めさせた。
 車はゆっくりとライトのもとへ走らされる。
 徐々に左右に振られている赤色灯のステッキと共に、黄色いレインコートがその姿を現した。
 赤いライトが車を路肩に止めるよう指示する。
 車が止まると、レインコートを着た人間が助手席側に回り込み、窓を開けるよう身振りで示す。助手席の男は口に煙草をくわえながら窓を開けた。
「スイマセン、これ以上進めないんです」
 フードを目深に被ったレインコートが言った。
「通行止めなのか?」
 運転席の男が訊ねる。
「ええ、あなたたちだけね」
 レインコートのその言葉に、運転席の男が警戒の色を顔に浮かべた。
 その瞬間、それまで煙草をくわえていた助手席の男の口から煙草がこぼれ落ちた。
 驚いた運転席の男が、とっさにドアを開けようとしたが、レインコートは開かれた窓から片腕を伸ばし入れた。 その袖口の先には彼がよく知っている、そして彼自身も常に持っている“それ”が見えた。

PM 11:29
 
「まだ?」
「もうすぐ時間になります」
 柱に寄り掛かった女が苛立ちを募らせているのか、身体を揺さぶりながら、再び尋ねる。
「まだ?」
「まだです」
 女の再度の質問に今度は別の男が応えた。
 女は額にかかった、茶色みがかった金色の髪をかきあげると、携帯を取り出し、ディスプレイの片隅に表示されている時間を確かめた。そこには31分とあった。
 女が舌打ちしたその時、下階からタイヤと路面が擦れ合う音が3人の耳に飛び込んできた。
 エンジン音は少しずつ彼達のいる階へ上ってくる。
 彼らは、周囲にいくつも並んでいる車と車との間に身を隠した。
 エンジン音が駐車場内に響き渡る。
 車の乗り主に気付かれないよう注意を払いながら、やって来た車を観察する。
 車は空いている駐車スペースに入れる素振りも見せず、通路の真ん中でエンジンを切ってしまった。
 彼らは顔を見合わせ、うなずき合うと、車の陰から姿を現した。
 やって来た車の運転席のドアが開かれる。
 ドアが閉められる。
 3人は現われた人間の姿に再び顔を見合わせた。
「Good Eveniiing Everyone.Aaand...」
 黄色いレインコートのフードの下からやや低い声がもれ、
「Welcome to my Life」
 フードの裾から不気味に笑う顔が現れた。

2014年12月7日