深夜4時44分の出来事

 「下らない」
 当直の若い看護師の話を、私は一蹴した。
「でも、先生。本当なんです。ここ最近、夜中の4時44分になると、501病室のナースコールが鳴るんです」
 ねえ、と他の看護師たちに同意を求める様子が、私を更に不愉快に感じさせた。
「故障か、誰かの悪戯じゃないのか?故障ならば、他の病室のナースコールも検査しなければならない。何故、501号室のナースコールが鳴った日のうちに検査要請を出さなかったんだ?」
 看護師たちは互いの顔を見合うだけで、誰もが責任の所在を他に求めているような態度だった。
 私は苛立たしげにナースステーションを後にした。
 ただでさえ総合病院の医者は忙しく、ろくに睡眠もとれないというのに、看護師たちが話す陳腐な怪談話にいちいち耳を傾けていては、それこそ診察に支障を来たすものだ。

 そろそろ雪が降る季節とあって、深夜の院内は少し肌寒かった。
 寝不足の頭を、早急に提出しなければならないレポートについて考えながら、私は仮眠室への歩みを速めていた。
 突然、静寂を破ったその音に、私は思わず周囲を見回した。
「何だ、時計か・・・」
 院内のホールの柱に設置されていた時計の秒針が、今日に限って、いやに大きく聞こえたのだ。
 時計は丁度4時44分になったところだった。
 晩秋の時期。
 深夜4時44分。
 思い出したくない出来事の一片が頭の中を蹂躙しそうになるのを、必死でレポートの内容に置き換える。
「くそっ!」
 小さく罵ると、私は仮眠室へ行こうとした。が、今度は胸元のポケットから音が発せられた。
 胸元のポケットから携帯機器を取り出す。その携帯機器は、院内のナースコール・ネットワークと連動しており、ナースコールが発信されると、ナースステーションと、当直医師が持つ携帯機器に発信元の病室番号が通知される。
 私はナースステーションの当直看護師たちの顔を思い出した。今頃は誰が行くか、揉めていることだろう。
 私は溜息を吐きながら、ナースコールが発信された、501病室へと向かった。

 5階の病室は全て個人部屋だったが、この階の病室は、主に重体患者に充てられている。
 集中治療室に運びこむ程、予断を許さないというレベルではないが、定期的に見回りが必要なエリアだった。
 501号室に入ると、ナースコールのスイッチが床に垂れ下がっていた。
 身体を動かすことも困難な患者であるため、おおかた、何らかの弾みでナースコールのスイッチが床に落ちたのだろう。
 私はナースコールのスイッチを切ると、念のため、ベッドに横たわっている患者の様子を確認した。
 ベッドの周りには医療機器が置かれ、モニターには血圧や心拍数が表示されている。モニターの数値を見る限り、異常は無さそうだった。
 私はナースステーションに連絡をしようと、ベッドの上に横たわる患者の名前を見ようとした。
 ふと、視界の隅に捉えたものを確認すべく、私はそちらを振り向いた。
「っ・・・!」
 ベッドの上に横たわる患者の目が、いつの間にか開いていたのだ。
 それを目にした途端、私の頭の中に、数年前の出来事が爆発した。

 晩秋の時期。
 深夜4時44分。
 他の当直医師から応援要請を受け、病院まで車を走らせている時。
 橙色の街灯が路面を照らす、一直線の道路を走っている時。
 一瞬の暗転。
 衝撃を受けた瞬間。
 何かが自動車の屋根を転がる音を耳にした時。
 バックミラーに映った、路面に横たわった何かを見た時。
 横たわった何かがこちらを見つめる目と、視線があった時。

 あの横たわった何かは、それから30分後、新聞配達員に発見された。そして、救急隊員によってその場で死亡が確認された。

 ベッドの上の患者は、見開いた目を閉じることなく、天井を見つめている。
 この患者が意識を取り戻したのか、それとも何らかの筋肉運動によってたまたま瞼を上げたのか、判別がつかなかった。
 不気味に感じながらナースステーションに連絡しようとしたその時、患者の視線が、天井から動いた。
 視線はゆっくりと動き、やがて私の顔を見つめた。

「ええ、自殺するなんて誰も思わなかったんですよ。まあ、最近は忙しかったようですから。でもねえ、飛び降り自殺するにしても、どうして501号室からだったのかしら。あの病室には数ヶ月前から患者さんが居なかったからかしら」

あ と が き
 なかよし×pixiv「本当にヤバイホラーコンテスト」にて投稿した作品です。
 深夜の病院を舞台に、誰も居ない筈の病室で起こる怪異を、如何に怖く、面白く書くか、ただそれだけを考えていたら、投稿規定の666文字数を大幅に超えました。
 しかしながら、楽しく書き上げられたので大満足です。
 pixivにて掲載していたものを一部書き改めてあります。

2013年11月25日